校長室より
令和5年度 始業式 校長の言葉 令和5年4月7日
始業式 校長の言葉
おはようございます。
さて、「1年の計は元旦にあり」と言われるように、前期の始業式は学校の元旦に当たるといえます。特に今年は松山高校創立100周年という記念すべき年度のスタートにあたり、生徒の皆さんに3つお話をします。
1つ目は、常にワンランク上を目指して努力してほしいということです。そのためには、自ら学ぶ心を持つということです。「学問に王道なし」の言葉のとおり、日々の学習の積み重ね以外に学力向上のための近道や特効薬はありません。学習もスポーツと同様に基礎基本の段階は「質より量」が大切です。時間をかけて何度も繰り返すことで、脳のネットワークが拡大充実し、自然と動きや応用力も身についていきます。2年生は「予習」のための学習時間を、3年生は「予習」プラス自分の進路に向けて家庭学習を習慣化してください。具体的には、各学年プラスアルファー時間を家庭学習の目安としてほしいと願っています。
3月7日のニュースの中で、岐阜県立岐阜ろう学校の3年生が全商検定1級に3種目で合格し、協会から表彰を受けたというニュースが掲載されていました。この生徒は、2年生の時にプログラミングを選択し検定試験の勉強を始めたそうです。「専門用語が多く、言葉の意味を理解するところから始めた」と話していました。この生徒は、生まれつき耳の聞こえが困難な中、努力を積み重ね、合格したそうです。
また、3月14日のニュースでは、鹿児島県の小学6年生が英検2級に合格したというニュースが掲載されていました。この生徒も、努力を積み重ねていたようです。「努力は決して裏切らない」と言われていますが、ワンランク上を目指すことは「やらなくても」指導されることはありませんが、これこそがその人の資質を高めること、真価が問われることだと思います。皆さんが持っている潜在能力やエネルギーは高いものがあります。しかし、これを使わなければ、持っていないことと同じです。「素質の差は小さく、努力の差は大きい」と言われています。毎日の積み重ねが1年後、2年後には大きな差となって現れます。
2つ目は、文武不岐の実践です。
これからの変化の激しい社会を力強く生き抜いていく力として、言われていることを挙げてみます。第一は知識と技能です。第二は思考力、判断力、表現力です。この中にはコミュニケーション力、プレゼンテーション力が入ります。3つ目は主体的に学ぶ力、学びに向かう力など、この3つの柱が大切であると言われています。これらの力、人間力を身につけていく近道は授業ですが、部活動や学校行事に積極的に参加することで、確実なものとなります。また、HR活動、生徒会活動も人間力を培うための大切な活動です。人生100年時代をたくましくい生き抜いていくために、心と体を鍛え、昨日よりも成長させる努力、すなわち文武不岐を実践してください。
3つ目は、品格ある松高生でいることです。松山高校では気持ち良い挨拶が飛び交い、校内規律が自然と守られ、勉学だけでなく文化・スポーツ活動にも全力で取り組むことが良き伝統と校風になっています。これからも品格ある松高生として、「時を守り、場を清め、礼を正す」ことを行動の柱として、礼節を重んじる心、他人を思いやる心、母校や地域を愛する心をもち続けてほしいと思います。
さて、3年生は、卒業後の進路の問題が目の前に迫っています。また、2年生は、部活動、学校行事など学校の中心として、2年目の大きな飛躍へと準備を進めることになります。2年生、3年生ともに常にワンランク上を目指して、そして挑戦する気持ちをもって頑張ってください。来週の月曜日には、318名の新入生を迎えます。皆さんには、上級生として学習面、部活動、学校行事等で新入生をリードし、松山高校の良き校風と伝統を伝えていってほしいと思います。2年生、3年生の皆さんの活躍、頑張りを期待しています。
令和4年度 冬季休業明け全校集会 (令和5年1月10日)
明けまして、おめでとうございます。
今日は、宗教を切り口にした話をします。公立学校ですので、特定の宗教を賛美するような話ではありません。
旧統一教会のことが社会問題となり、宗教は怖いものだ。あるいは、自分とは全く関係ないものだという思いがますます強くなっていると思います。
しかし、人間にとって、どうしようもない悲しみなど、人智を超えたことについて、何かしら宗教的なものを拠り所にするということはあるのではないかと考えています。
私の座右の銘の一つに「叩けよ、さらば開かれん。求めよ、さらば与えられん」という、キリスト教の聖書の一節があります。ドアをたたいても、開かれないことはあるかもしれません。しかし、叩かなければ開かれることは決してないという教えです。
例を話しますと、ある日、3年生の当時の生徒会長と副会長が校長室のドアを叩きました。夏の時期の暑さ対策として、ポロシャツを導入してほしいということでした。この件は、前から生徒の要求としてあったと聞いています。生徒会長たちは、生徒会のメンバーときちんと話を詰めて、校長室に来てくれました。その後、2年生の代になってオンラインでしたが臨時の生徒総会が開かれ、ポロシャツ導入が生徒の総意となりました。生徒会の先生を中心に、先生方の会議が何回も開かれました。最終的には、校長として、職員会議の場で決定をしました。今年の夏から、本校にポロシャツを導入します。
制服として扱いますが、購入、着用は希望制です。ドアを叩いてくれた3年生には間に合いませんでしたが、創立100周年にも合わせてのタイミングにもなりました。詳しいことは、今詰めているところですが、近々諸君にもお知らせする予定です。
叩けば開かれるということです。もちろん、叩き方というものがあります。今回、ポロシャツの導入が実現できたのは、生徒会が、事前によく考えて、周りの人とよく話をするなど、ドアの叩き方がとても上手だったということだと思います。
「叩けよ、さらば開かれん。求めよ、さらば与えられん」です。受験や部活動でも、ぜひ自分から、結果をつかみ取りに行ってください。果実は、すぐ目の前にあるのです。
2つ目の宗教の話ですが、私は11月に、2年生と一緒に修学旅行で九州の太宰府天満宮に行きました。知っていると思いますが、学問の神様の菅原道真をおまつりしています。2年生は、そこでお祓いをしてもらい、1年後の受験での合格を祈願してきました。
私は、2年生全員の合格を占う気持ちで、おみくじを引きました。大吉だったら、ドヤ顔で2年生に報告するところですが、実際には、そうではなかったので、代わりに、絵馬を買ってきました。大吉が出るまで引き続けるということもあるのでしょうが、そうした姑息な手段はダメだと思っています。学年主任の先生は、その絵馬に「合格祈願」と書いて、先日、わざわざ太宰府天満宮に送ってくれました。
本番が目前に迫った3年生には、この年末年始に、湯島天神に行って、やはり合格を願っておみくじを引きました。開けずに、持ってきて、今、ここにあります。
今、開けてみます。もし大吉だったら、その勢いのまま本番で力を発揮してくれると思います。もしそれ以外だったとしても、本番まで、まだ時間がありますので、伸びしろがある、まだやれることがあると思って頑張ってください。
結果は、・・・・・・・・・・・・
以上です。
令和4年度 第58回比企一周駅伝大会 開会式(体育館) (令和4年11月22日)
秋気いよいよ深く 武州松山に集いし25本の襷たち。そこに込められた男たちの思い。
「いざ頂点を極める戦いへ」
2年生の生徒が考えてくれた、とても優れたキャッチフレーズです。
「いざ頂点を極める」。球技大会、体育祭で悔しい思いをしたクラスは、ぜひ、見返してほしい。
走るのは15人。でも、栄冠は、そのクラス全員で勝ち取ったものになる。スタッフ側の生徒があってこその栄冠となる。駅伝大会とは、そういうものです。
まず、スタッフ側の生徒に言いたい。仕事の内容は分かっていますか? 1年生はもちろん初めてなので分からないことが多いと思う。そういう時、人間は2つのタイプに分かれる。
・第1のタイプは、言われるまで指示を待つタイプ。
・第2のタイプは、何をすればよいか自分で見つけるタイプ。
第1の指示待ちの人は、これから先の人生においても、誰かの指示で動かされることが多い。たしかに、世の中は、リーダーだけでは成り立たない。フォロワーシップも重要な資質だ。しかし、いつも誰かに動かされるだけの人間にはなって欲しくないと思います。
ぜひ、自分から何をすべきか探し、考える第2のタイプであって欲しいと思います。何をすべきか自分で考え、分からなければ、保護者をはじめ周りの人に「何をすればいいですか」と自分から聞いてほしい。
今回、協力してくれる保護者は、総勢470人にも上る。こんな大きな学校行事は、他にはありません。さらに、警察官、警備員、道路工事の関係者など、協力してくれている人は
ものすごい人数となる。ぜひ、感謝の気持ちを忘れないでほしい。
走る生徒に一言です。これまでの学校行事で、私は同じ話を2回はしませんでした。しかし、この駅伝だけは別です。昨年と同じです。
「愛する者のために走れ」。
朝、「行ってらっしゃい」と送り出してくれた人のためか、ともに走る仲間のためか、次のデートの時に「頑張ったね」とほほ笑んでくれる○○女子高校の人か、自分自身のプライド。誇りのためか。それぞれでいい。
「愛する者のために走れ」私からの応援メッセージです。 いい大会にしましょう。
令和4年度 前期終業時全校集会(オンライン) (令和4年9月30日)
今日で、今年度の前期が終了し、明日から後期に入ります。感覚としては区切れがつかないと思いますが、「いよいよ後半戦だ」と思えばよいのだと思います。
これから後半戦を迎えるにあたって、今日は、いつもの「自学のすすめ」から離れた話をします。
NHKラジオの「子ども科学電話相談」という番組を聞いたことがありますか。以前は「夏休み子ども科学電話相談」で、夏休みにしかやっていませんでしたが、今は、毎週日曜日の10:05から放送しています。
幼稚園や小学生からの質問に、昆虫、天文・宇宙、植物、動物、科学、鳥、ロボットなどの専門の先生が回答するという内容ですが、幼い子供からの質問なので、答えるのがとても難しく、そこが面白いと思います。文系、理系を問わず、諸君には、とても良い練習になるので、ぜひ、専門の回答者になったつもりで答えを出してみてください。
1つだけ、過去に放送された例を出します。
「流れ星に3回願いをかければ、願いが叶うって本当ですか?」という質問です。
どう答えますか?
天文・宇宙の専門家の先生は、「流れ星、見たことある?」と聞きました。
「あります」と子どもが答えます。
先生は「一瞬だよね」と聞き、こどもは「はい」と答えます。
そこで、先生が言ったのは、「あんな短い間に願いを3回も言えるとしたら、それは、そのことをいつも思っているからだよね。そこまで思い続けている人の願いだったら、きっと叶うと思います。」という回答でした。
心に刺さる名答だと思います。
流れ星にかける願い事、諸君はありますか? 私にはあります。仕事のことで言うと、3年生全員の進路希望を叶えて進路実績をあげること。部活動での人間的成長と同時に大会実績をあげること。学校行事を盛り上げること。高校入試の志願状況をよくすること。SSH第3期指定を受けること。100周年記念事業を成功させること。などです。
しかし、流れ星が見えている間に、こんなにはとても言えません。だから一言で言う。「もっといい学校にしたい」。これならば3回は無理としても1回くらいは言えるかもしれません。
シンプルな願いこそ、強いのです。
シンプルで強い願い。諸君の場合はどうですか?
「甲子園」。「ノーベル賞」。「教員になる」。人によって違うのは当たり前です。人に言う必要もないのかもしれません。
今日、本当に言いたかったのは、このことです。これからの後半戦は、体育祭、後期1次考査、芸術鑑賞会など楽しい行事、イベントから始まります。そのなかでも、シンプルで強い願いのことを、いつも、願っていてほしいと思います。そうすれば、願いは叶うと思います。 以上です。
令和4年度 第75回松高祭 開会式 (令和4年9月3日)
おはようございます。
「やっと、この開会式までたどり着けて良かった」というのが、校長としての本音です。
コロナの影響で、どこまでできるのか、私自身も、先生方もたくさん悩み、考える日々でした。その意味で、「やっと、ここまで来られた」と思っています。
せっかく、開催できて、公開できるのだから、精一杯、来校者におもてなしをしてください。諸君は、主催者です。来校者は、松高生に聞けば何でも分かっていると思っています。女子トイレの場所とか、自動販売機は使ってもいいのかとか、答えられるようにしてください。
諸君の優しさ、礼儀正しさは、分かっているつもりです。一方で、ちょっと気が利かないよな、と感じることもあります。全員ではありませんが、もっと気が利くステキな男になってほしいと思います。例えば、私はたまに体育館の部活動を覗きに行きますが、姿を見るといち早くイスを持ってきてくれます。本当にうれしく、ありがたいと思います。そういう気の利き方を、今日、明日の松高祭でも発揮してください。
文化祭だから、白虎のように駆け抜けろ(今年の松高祭のテーマです)。盛り上がっていきましょう。
ただし、合言葉は、「羽目外しても、マスク外すな」です。楽しんでいきましょう。
以上です。
令和4年度 夏休み明け全校集会(オンライン) (令和4年8月27日)
おはようございます。
3年生にとっては、最後の夏休みが終わりました。
来週に迫った松高祭ですが、今のところ、予定どおり実施します。人数は制限しますが、保護者の方と一般の人に公開します。
「今のところ」と言ったのは、コロナの状況で、やはり、直前になっても公開の中止もあり得るからです。私は、ぜひ、公開して盛り上げてほしいと願っています。諸君も実施を祈って準備をしてください。マスク、換気、黙食など、今まで以上に注意してください。
さて、今日は、また「自学」の話をします。諸君にも、どうすればいいのか、考えてほしいからです。
6月に、ある3年生に聞きました。「自学とは何か? どうすればいいか?」という問いでした。学校評価懇話会という公の場でしたので事前に考えてきてくれていた3年生が言ってくれたのは、「自分を高めるものです。」と言う答えでした。
その瞬間、私は、こちらの問いかけ方が間違っていたと知りました。彼の答えは、立派なものでしたが、「自学」というのを「勉強」と置き換えても通じてしまうからです。「自分を高めるものです。」そのために勉強をすることは、きわめてまっとうな考えですが、「自ら学ぶ」という点について、いわゆる「勉強」とどう違うのでしょうか? そのことを、今日、諸君に考えてほしいと思っています。
ヒントになるかもしれないエピソードを1つ紹介します。
5年に一度開かれるショパン国際ピアノコンクールという大会があります。30歳までしか出られないという規定もあります。昨年の秋に、日本人として51年ぶりに第2位になったピアニストがいます。ちなみに、まだ日本人では第1位はいません。当時26歳だった反田恭平というピアニストです。
反田さんはピアノの本場、ロシアに留学しました。19歳になった次の日からです。数字以外のロシア語を何一つ知らない状態で、寮生活に入ります。話は通じない、治安は悪い、シャワーは出ない、死ぬほど寒い、ピアノのレッスンは厳しい、という中で世界中から集まった有能な若手が次々に挫折して帰国していきました。
その時に反田さんが考えたこと、そこに、諸君にも考えてほしい「自学」についてのヒントがあると、私は思います。
彼は、「この状況を打開するのに一番手っ取り早いのは、早く語学をマスターしてしまうことだった。」と言います。「そうすれば、ピアノの練習に専念できる」と言います。
言われると、当たり前かもしれません。しかし、「あれもつらい、これも厳しい。だから、俺にはできない」とならないところがすごい。自分のやりたいことができるようになる。自分の夢が叶うようになる。そのためには、語学ができるようになっていればいい」という考え方です。
「英検2級を持っていないから、あの大学に入るのは難しい」というのであれば、逆に言うと、英検2級を持っていれば入れるかもしれない。ということです。
今の自分にとって、なりたい自分になる、夢をかなえるためには、何ができるようになっていればよいか、そのためには、どうすればよいか。それを探し、見つけることが「自学」とは何かを考えるうえで、大切なのだと思います。
「自学」とは何でしょうか。諸君にも考えてほしいと思います。
以上です。
令和4年度 理数科特進勉強会 開講式(国立女性教育会館) (令和4年8月18日)
今日は、「頑張れ」の一言を言いに来ました。ただ、それだけでは寂しいので、少し、屁理屈を言いに来ました。
「受験は団体戦」という言い方がよくありますが、それは、少し、ウソです。例えば、剣道や柔道だと「先鋒、次鋒、中堅、副将、大将」が出場し、3勝2敗で勝ち上がるということになります。しかし、受験で、3人は合格だけど2人は不合格というわけにはいいかないでしょう。「みんなで助け合って戦う」ならば、むしろ「受験は団体競技」。
私は、高校時代にクラシックギターの合奏という部活動をやっていました。そこでは、「演奏が、一番下手な人のレベルに合ってしまう」とよく言われます。だから、うまい人は下手な人に教えるし、叱咤激励します。
では、受験ではどうすればいい?
せっかくクラス替えがない(本校の理数科と普通科特進クラスは3年間同一のクラスです)のだから、できることはあるはず。
「高校受験と違って相手は全国の受験生」という言い方も聞きます。これも、きっとウソ。
相手=敵だとすると、全国の受験生って、誰のことですか?見えない相手に対して漠然と不安をあおるだけだと思います。さらに、「自分に負けない、自分に打ち勝つ」になると、訳が分からない。
戦う相手は、目の前の、この問題。この問題と勝負して、解いてやることに集中してほしい。
必要なのは、体力と考え方です。
1日12時間勉強できる体力。それを6日間続けられる体力がありますか。
考え方の一例をお話しします。小林 快次(こばやし よしつぐ)という有名な恐竜学者の話です。北海道大学総合博物館教授で副館長です。以前に、北海道むかわ町で「むかわ竜」の全身骨格の化石を掘り出しました。「カムイサウルス・ジャポニクス」と命名されました。小林さんの『恐竜まみれ 発掘現場は今日も命がけ』(新潮文庫)からの引用です。
しばらく探して化石が見つからないと、たいていの人はあきらめモードに入ってしまう。しかし私は違う。むしろワクワクしてくる。新しいフィールド、化石産地に行ったときには、「必ずここに恐竜化石はある」と考えるようにしているからだ。
そこに「ある」ことを前提にすれば、ちょっと探しても見つからない、さらに探しても見つからないと、まだ目を通していない残された土地に恐竜化石の埋もれている確率は、相対的に上がることになる。だったら次の一歩で見つかるかもしれないと、ワクワクするのだ。
ようするに、この勉強会、「頑張れ」。 大学はいいぞ。
令和4年度 新入生歓迎球技大会開会式(グラウンド) (令和4年5月26日)
今年のスローガンは「百年の歴史に男が見せる松高魂」と聞きました。
「松高魂」と来たかぁ。
「松高魂」って何でしょうか。「松高魂」って、どういう意味だと思いますか?
今回の球技大会実行委員長の3年生に、聞いてみました。彼は「躊躇することなく、ぶつかっていく気持ち」と答えてくれました。おおいに結構です。
ぜひ、球技大会で「松高魂」を見せてほしいと思います。
しかし、我々教職員には、松高をもっとよくしたい、諸君をもっと成長させたいという「松高愛」がある。(書道の教員による【松高愛】の揮毫を見せました)
「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」という諺がある。百獣の王は、かわいい我が子をあえて深い谷に落として、試練を与えるということです。
我々教職員は、「松高愛」をもって、諸君を谷に突き落とします。
「松高魂」をもって、挑戦してきてください。「松高愛」をもって、叩き落とします。
教職員側のスローガンとしては、「百年の歴史に大人が魅せる松高愛」です。
期待しています。
令和4年度 理数科オリエンテーション (令和4年4月20日)
普通の中学3年生は、普通科を選ぶ。君たちは、普通じゃない。
偏差値的には、全員ではないかもしれないが、もっと上の学校だって入れたかもしれない。
あえて、そういう普通科を捨てて、理数科を選んだ。何かを選ぶということは、何かを捨てることだから。
自分は、そういう選択をしたんだということを改めて自覚してほしい。
3年後にわかると思うが、理数科でなければ、見ることができなかった世界が必ずある。
会えなかった人が必ずいる。知ることのできなかった知識が必ずある。
自分で、それに気づけるかどうかの問題だ。
周りを見ると、みんな自分より優秀そうに見えるかもしれない。まして、先輩たちは大人に見えて、自分はやってい けるのかと不安になっているかもしれない。
周りができる人ばかりだと思うのは、錯覚だ。この時期は、そういうものだ。やがて、少しずつ相手のことが分かってきて、実は、自分とそう変わらないことに気が付くと思う。同じ高校生だから。
ところが、先輩たちも大して変わらないと思うのは、実は、それこそ錯覚だ。先輩はやっぱりすごい。この松高で、1年、2年過ごしただけの厚みがあるはず。勉強も部活動も、新入生の君たちとは、やはりケタが違うはず。だからこそ、憧れの先輩を見つけてほしい。特に理数科の先輩にあこがれの先輩を見つけられるといいと思う。
第100回入学式式辞 (令和4年4月8日)
春の光はどこまでもまばゆく、生きとし生けるものすべてが躍動する新たな季節となりました。本日ここに、PTA会長様をご来賓に迎え、記念すべき第百回入学式を挙行できますことは、私たちにとりまして大きな喜びでございます。
学校を代表して、心から厚く感謝申し上げますとともに、ご多忙の中をご列席いただきました保護者の皆様に、心から御礼申し上げます。ありがとうございます。
ただ今、入学を許可いたしました三百十九名の新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。今、この瞬間から、皆さんは松高生と呼ばれます。
本校は、この百年の間ぶれることなく、建学の精神である「文武不岐」を貫いてきました。この言葉は、江戸時代の水戸藩の藩校、弘道館設立の際に、藩主であった徳川斉(なり)昭(あき)と儒学者、藤田東湖によって定められた『弘道館記』の中の一節をもととしています。弘道館で学ぶ藩士の心得として「文武不岐(文武岐(わか)れず)、学問事業 不殊其効(学問事業、其の効(こう)を殊(こと)にせず)」と続きます。
もとより本校は儒教に基づく教育機関ではありませんが、百年の間大切に受け継がれてきた文化です。勉学と部活動の両方に全力で当たってください。たとえ勉強で思うように成績が上がらなくても、それを部活動のせいにはしないでください。中学校でよい成績でも、同じように白紙の状態でスタートした高校において、クラスの最下位となる人が出るのは当然です。これまで見たことのないような順位に愕然とするのは当然ですが、それを部活動のせいにするのではなく、次回に頑張るという力にしてほしいと思います。また、部活動で思うような成果が出さないことを勉強のせいにはしないでください。「文武不岐」とはそういうことです。
本校は、諸君を大きく成長させるために、大きな負荷をたくさんかけていきます。そう聞くと、なんて大変な学校に入ってしまったんだろうと思う人がいるかもしれません。そうです。諸君は大変な学校に入ってしまったんです。もう逃げられませんので、落ち込んだり、自信を失ったときには、思いっきりへこんでみてください。思い切ってめげるという経験をぜひ積んでほしいと思います。大丈夫です。我々教職員が、全力で支えます。また、何より諸君は一人ではありません。本校の校歌では「友よ共に」と歌います。これから三年間を一緒に過ごす仲間がいます。
本校には、松高生に対して、こうあって欲しいというあるべき姿、行動指針がいくつもありますが、本日は、私から三つだけお話しします。
一つ目、新たな松高生よ、強くあれ。
諸君には、将来、世界のどこかを支える人になって欲しいと思います。恵まれた資質を持ち、百年の伝統を持つ本校で学ぶ諸君には、その責務があります。そのために、強くなってください。新型コロナウイルス、ロシアによるウクライナ侵攻、環境問題、格差社会など解決すべき課題はいくらでもあります。地球規模の課題だけではありません。身の回りには、諸君の力を必要としていることが必ずあります。世界のどこを支えるのかを探し求めるとともに、ひたむきに頭と心と体を鍛え、強くなってください。
二つ目、新たな松高生よ、優しくあれ。
人の痛みや悲しみを知り、周りの人をおもんぱかってください。これからできる級友や部活動の先輩、後輩だけではありません。本日一緒に参加してくれている保護者に対してもです。よく保護者の方から「うちは、男の子だから、学校のことや考えていることを何にも話してくれなくて」という声を聞きます。自分の子どもが体調が悪そうだとか、機嫌が悪そうだということを察することはできても、保護者は、超能力者ではありません。諸君から話さないと状況が分からないのは当然です。「親だから、わかってくれているはず」として、不機嫌なままでいるのは、子どもっぽい甘えです。怠慢です。ぜひ、保護者も含めて、周りの人にかける言葉をさがし、話をする力を身につけてください。
三つ目、新たな松高生よ、格好良くあれ。
格好いい。まさに見た目の問題です。ひと昔前は「学校でも格好つけることはない。素のままの自分でいい」と言われました。が、そんなことはありません。学校は、家ではないのですから、精一杯、格好をつけて、輝く自分を見せてください。姿勢や所作、制服の着こなしもそうですが、挨拶、返事も格好良くしてください。たかが挨拶、されど挨拶です。また、返事一つの大切さに触れた言葉を紹介します。元埼玉県教育長の関根郁夫先生の言葉です。
返事一つに心の明るさ暗さが表れます
返事一つで意志の強さ弱さがわかります
返事一つが人を温かくも冷たくもします
気持ちが落ち込んだ時には
空元気でもいいですから
凛とした声で「はい」と返事をしてみましょう
自分の「はい」の返事で元気が回復してきます
人の心をつかむのは
多くの言葉ではなく
心のこもった返事一つです
あなたの返事一つが家族を幸せにします
たかが返事
されど返事です
あなたが身につけた凛とした返事は
あなたの生涯にわたる大きな大きな財産です
いつまでも返事一つを大切にしてください
もちろん、男子校ですので、異性の目を気にして変に強がったり、格好つけたりする必要はありません。大人になる直前の男として、自分を磨いてください。
以上、新たに松高生となる諸君に三つのあるべき姿を贈ります。新たな松高生よ、強くあれ、優しくあれ、格好よくあれ。
保護者の皆様にお祝いとお願いを申し上げます。
本日のご子息のご入学、誠におめでとうございます。そして、今までの子育てのご苦労に対して、改めて敬意を表します。
ご子息は、本日から歴史と伝統ある松山高等学校の生徒となりました。この三年間は、青春の多感な時期であり、楽しみの多い反面、何かと心を悩まされることも多いかと存じます。学校では、教職員一同、勉学や部活動等の指導に全力を尽くして参りたいと存じます。しかし、ご子息の成長のためには、ご家庭と学校の、連携と協力が何よりも大切です。皆様の温かいご支援とご協力を重ねてお願い申し上げます。
結びに、新入生の皆さんが、本校で大きく成長されることを心から願い、式辞といたします。
令和四年四月八日
埼玉県立松山高等学校長 菅野 義彦
【校長室】令和4年度 始業式(令和4年4月7日)
おはようございます。
新しい学年になりました。これから頑張ろうとする諸君に、校長として、ぜひ、自学への取り組みを勧めます。自学自習というときの、自学です。
自学というと、人から教わらず自分一人でもくもくと勉強するというイメージでとらえる人もいるかもしれません。しかし、そうではありません。先生方から、どんなに多くのことを教えてもらっても、自分で能動的に学ぼうとしない限り、本当の力にはなりません。逆に自分で学ぶ姿勢、学ぶ力を身につけさえすれば、何からでも、誰からでも学ぶことはできます。自学とは、このように自ら学ぶ姿勢や力を身につけ能動的に学ぶことを言います。
自学とは、表面的には、授業や松高塾や予備校の講座以外の時間に行う“自分で時間を決めて行う勉強”を示します。具体的には、朝早く来て、勉強することを勧めます。自習室が7時半から開いていますので、1時間は勉強時間が取れると思います。自習室でなくても構いません。いままでどおり、教室でも朝自習は可能です。
部活動で、朝練をやっている人は、一生懸命に朝練に励むと良いと思います。放課後に勉強する人はそれで結構です。ただし、放課後の部活動で時間がない人も多くいます。ぜひ、朝早く来て、自学をすることを勧めます。
今までは、始業時間の繰り下げなどがあって、早く来ていいのかどうか、よくわからない状態もありました。まん延防止が解除され、新しい学年になった今こそ、変わるチャンスです。夜遅くまでスマホやゲームに没頭し、朝早く起きられず、ボーとしたまま学校に来るという生活を変えるとしたら、親は、大変でも、喜んで早起きに協力してくれると思います。
朝自習の勧めに関連して、いつものたとえ話を一つします。
羊の大群を追う一人の羊飼いの姿を想像してください。果てしない草原でたった一本の棒と一匹の犬で二千頭にもなる羊を上手に操ります。どうしてそんなことができるのか?
羊という動物は、他の羊が蹄の間から出す分泌腺の匂いを追う性質を持ち、常に集団で行動します。群れているので警戒心が弱く、前の羊のおしりを見ているだけなので、群れ全体の動きも把握していません。草を食べつくしても新たな餌場を自主的に探さずウロウロするだけです。
この中にヤギを一頭入れます。意外にもヤギは、自分の状況を客観的に判断し、自主的に動きます。ヤギが動くと何頭かの羊がそれに従い、その後、群れ全体がヤギの行動についていくことになります。危険な時、餌場を探す時には、ヤギがリーダーになるのです。羊飼いは、このヤギとヒツジの性質を知っているのです。
この中の誰かが、羊の中のヤギになってくれることを期待しています。
ただ、羊がダメでヤギがいいのか、と言うと、世の中はそんなに簡単ではありません。その話は、また次回にしたいと思います。 以上です。
【校長室】令和3年度 終業式(令和4年3月24日)
先日、生物室へ行って、カラスガイを見せてもらいました。
これがその写真です。
食べることもできるそうですが、このカイは何年目だと思いますか。
写真だと、本当の大きさはわかりません。また「食用で、何年目か」と聞かれると、先入観によって、2~3年くらいと思い込んでしまったのではないかと思います。
答えは、約30年だそうです。
沼の底の泥の中で30年間も黙々と生き続けてきました。
人間のように、戦争で殺し合うことも、悲しみや憎しみに押しつぶされることもありません。
逆に、お互いのことを心配したり、助け合ったりすることもないのでしょう。
時間の流れが、我々とは違うのかもしれません。毎日、時間に追われ、1日1日を何とかやっとの思いで過ごしている我々とは、時間についての感じ方が違うのだと思います。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいますが、楽しくない時間はとても長く感じられるというということは。みんなが経験していると思います。
もちろん、実際の生活は、ドラマチックなことだらけというわけではなく、そのほとんどは、平凡な退屈なものです。
ですが、この1年はどうでしたか?
先日、校長室の掃除に来てくれたある1年生に、「もうすぐ入学して1年だね」と言ったところ、「あっという間でした」と答えてくれました。振り返ってみると「あっという間」ということは一般的にあるにしても、その生徒にとっては、ある意味、この1年が楽しい時間だったのではないか、少なくとも充実した時間だったのではないかと、思います。そうあってほしいと思います。
明日からの春休みも、限られた時間しかありません。4月7日に、全員がそろって始業式を迎えたとき、「春休みはあっという間だった」と言えるように、楽しい充実した時間になることを期待しています。年度の最後にあたり、時間の流れについて考えてほしいという話をしました。
ちなみに、このカラスガイは、絶滅危惧種に指定されています。30㎝を超えるものは特に珍しく、この後、研究機関に送られます。沼の泥と格闘し、採り終わったときには2㎏も体重が減っていたという先生の苦労も報われるといいなと思います。 以上です。
【校長室】令和3年度 冬季休業後全校集会(令和4年1月11日)
明けましておめでとうございます。
コロナの感染状況を考慮して、今回は安全策をとってオンラインの集会としました。諸君は、今まで以上に感染防止に努めてください。これまでと同様に、誰が感染してもおかしくない状況になりつつありますので、感染した人を探ったり、攻撃したりすることは厳に慎んでください。
これまでいろいろなたとえ話をして諸君に考えてもらおうと思って話をしてきました。
・「ファーストペンギンになるな」として、「自分で決めろ」ということ
・「ニホンムラサキ」では、「自分ひとりでも学べ」ということ
・「完全変態の勧め」では、「自分で変われ」ということ
要は、自分から頑張れという事です。
ですが、いつも「頑張れ」では、聞かされている諸君も疲れてしまうと思うので、3学年全員が集まる最後の機会ですので、今日は、違う視点で、やわらかく、ゆるい気持ちの大切さをうたった1つの詩を紹介します。
吉野弘という埼玉県の詩人です。「祝婚歌」という詩です。本来は、これから結婚しようとするカップルに向けた詩ですが、人と人の付き合い方で大切なことを示していると思いますので、参考にしてください。
祝婚歌(吉野弘)
2人が睦まじくいるためには 愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは 長持ちしないことだと 気づいているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい 完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
2人のうちどちらかが ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても 非難できる資格が
自分にあったかどうか あとで 疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい
立派でありたいとか 正しくありたいとかいう
無理な緊張には 色目をつかわず ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら 生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる そんな日があってもいい
そして なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても 2人にはわかるのであってほしい
特に3年生は、法律が変わって、4月1日から全員そろって、法律上は成人になります。人との付き合い方にも、大人としての対応が求められます。卒業後に多くの人に出会ったときに思い出してくれると嬉しいです。
ただ、もっと厳しい言葉が今必要だと思う人は、松高新聞を読んで下さい。
今年一年が、一人ひとりにとって最高の年になることを願っています。 以上です。
【校長室】令和3年度 冬季休業前全校集会(令和3年12月24日)
前期の「ファーストペンギンになるな」、「ニホンムラサキのように」に次いで、今日は、虫のたとえ話です。校長はたとえ話で結局何を言いたいのかを考えて、聞いてください。
代表的な虫であるアリですが、標準的なものは体重が0.004gです。地球上にアリは1京(兆の1万倍)いるそうです。すべてのアリの体重を合計すると400兆gとなります。それに比べて、すべての人間は67億人いるとして、60kg平均だと、やはり400兆gです。つまり、アリの全体重と人間の全体重はほぼ同じとなります。
同様に考えて、すべての昆虫の全体重とすべての哺乳類では、すべての昆虫の方が重いのだそうです。昆虫の種類は、分かっているだけで100万種。まだまだ新種が見つかっています。昆虫は、ほ乳類よりも繁栄していると言っても過言ではないかもしれません。
昆虫がこんなに繁栄した理由は大きく2つあると言われています。
●1つは、幼虫の時の姿から、サナギを経て、成虫になると、その姿を大きく変えること、すなわち「変態」です。昆虫の80%は完全変態です。変態するということは、幼虫と成虫が完全に分業することを意味します。幼虫は、エサの豊富なところで、食べることだけに専念し、確実に成長することだけを目標に生活します。体の構造も、口と消化器官のみを発達させ、その他の器官の発達を一切無視しています。
●もう1つは、変態の後に飛ぶ力を身につけたということです。地球上で一番最初に空を飛んだ生物は、昆虫だそうです。4億年前のことでした。現在、昆虫の99%は飛翔します。飛翔力を持つことによって、行動の在り方が劇的に変わります。生活圏を水平方向にも垂直方向にも、文字通り飛躍的に広げられるからです。その行動範囲も一気に広がります。遺伝的に離れた配偶者とも遭遇できるようになりました。遺伝的多様性を獲得することによって、結果的に100万種以上の昆虫を地球上に生み出すことにもなりました。飛翔力は、昆虫が地球上に繫栄できた大きな要因の一つです。
さて、私がどんなたとえ話をしたいかわかってくれた諸君もいると思いますが、この昆虫のライフサイクルを、高校生活に例えてみます。
●まずは1年生。幼虫です。ひたすらに大きくなることに専念するときです。例えばカブトムシでは、大きなカブトムシと小さなカブトムシがいます。この大きさの違いは、幼虫時代にどれくらい栄養をとれたかによって決まってきます。成虫になってからはほとんど大きさに変化はありません。ノコギリクワガタのオスでは、体の大きさだけではなくハサミの形さえ変わってしまいます。大きいノコギリクワガタのハサミはカーブを描きますが、小型のものは、まっすぐで貧弱です。
1年生の諸君は、本校の「文武不岐」を通して、大きく成長してください。まだあと3カ月もあります。そのためにも冬休みから、自学自習力を身につけてください。年末年始を除いては、自習室も使えます。
●次に2年生。サナギです。特に、今から3年生の6月くらいまでがサナギの季節だと思います。サナギは一見すると全く動かず、何もせずただ眠っているように見えます。しかし、さなぎのカプセルの中では、次に成虫になるための様々な器官を作っています。一切エサをとらず、幼虫時代に蓄えた栄養のみで乗り切ります。必死の思いで、自分の体の構造を作り変えています。
2年生の諸君は、幼い自分から、甘い自分から脱却してください。やがて成虫になり、雄々しく空に飛び立つ体になるために、目に見えない必死の努力を期待しています。
●そして3年生。諸君は、見事に完全変態を遂げ、立派な成虫になりました。どこまでも自分の意志で飛んでいける力強い羽も身につけました。少々の風や外からの圧力に負けない、外骨格を身につけています。そして、何よりも、一斉に飛び立つ仲間もいます。
あと3カ月です。自分の幼虫時代に蓄えた体力を信じ、サナギ時代に作り上げた羽を信じて、飛び立つ準備をしてください。最後の最後まで、羽に磨きをかけてください。年末年始を除き、自習室は開放します。
では、まずはメリークリスマス。 そして、良いお年を迎えてください。 以上です。
【校長室】R3年度比企一周駅伝大会 開会式(全校生徒 体育館) 03.11.24
まず、3年生にお願いです。ここで、駅伝大会のことをリアルに知っているのは、3年生だけです。2年前のことを思い出して、1年生、2年生に教えてあげてください。特に、各中継所でスタッフになる人は、何をすればいいかわかっていません。
特に、スタッフになる諸君は、朝、保護者にあったら何を言うのですか?・・・本来ならば「一緒に頑張りましょう」かもしれませんが、それだと、あまりにも生意気なので、やはり「よろしくお願いします」だと思います。
明日の大会に協力してくれる保護者の数は、465人。全校生徒が訳950名ですので、ほぼ半数です。お客さんとして見に来るのではなく、一緒に大会を作ってくれる保護者が半分もいるなんて、ふつうは考えられません。
ところが、実はそれだけではありません。保護者の方が仕事を休んできているということは、その代わりに会社の誰かが、その分をやっているわけです。その数は、もうわかりません。
また、明日のコースで、工事個所があるのですが、工事を一時止めてもらっています。工事期間が延びるわけで、その分の仕事をする人がいるわけです。その数は、もうわかりません。
このように、「高校生が走る」。たったそのことだけのために、実は、はるかに多くの人、それも見えない人の力が集まっています。想像力を働かせてみてください。
そうした中で、特にスタッフになる人は、言われたことだけをこなせばいいとは思いません。言われなくてもどれだけのことができるか、そこが君たちの能力の見せ所です。やっていいかどうかわからないときには、あえて声に出して「○○やります」と言えばいい。3年生や保護者の方が聞いてくれます。黙って見ているだけの人になるか、気が利く人になるか。大いに期待しています。
スタッフになる人を中心に話をしましたが、走る人へ一言です。
明日は、「愛する者のために走れ」。
朝、「行ってらっしゃい」と送り出してくれた人か、
次のデートの時に「頑張ったね」って微笑んでくれる○○女子高校の人か、
自分大好きという人は、愛する自分の誇りのためか。
・・・「愛する者のために走れ」。私からの応援メッセージです。
【校長室】令和3年度 体育祭(陸上競技場) 03.10.07
この広い空を見よ
「空は晴れたり」とはいかなかったが、この広さを感じてほしい。
(「空は晴れたり」は、本校第一応援歌)
比べると、日頃の問題集や参考書の、なんと小さいことか。
まして、スマホの画面の、なんと小さいことか。
昨日までの悩みごとの、なんと小さいことか。
この空の広さを感じると、「空は晴れたり」にうたわれるように、気持ちは澄んで透明になり、雑念が消え、集中できる。
今日は、まさに「若き血潮のたぎる時」であり、「技を見せるはこの時ぞ」。
思う存分、走ってほしい。
しかし、まだ、「空は晴れたり」は歌えない。
この体育祭で、コロナの感染が拡大したら、大変なことになる。みんなで歌えるときは、必ず来る。考えて、慎重に行動してほしい。
今日は、この空の広さを感じて、心の中で「空は晴れたり」を思い描いて、頑張ってほしい。
【校長室】前期・後期の区切りの全校集会(ZOOM) 03.09.30
始業式ではペンギンの話、夏休み前の全校集会ではニホンムラサキの話をしました。たとえ話から、校長は何を言いたいのかを考えてもらいたいと思っています。
今回は、たとえ話ではありません。一人の少年を紹介します。その少年は、小学生の時にテレビでツタンカーメンの黄金のマスクが画面いっぱいに映るのを見て衝撃を受けました。ツタンカーメン王の墓を発見したカーター博士の『ツタンカーメン王のひみつ』という本を何回も読み返しました。やがて中学生になった少年は、池袋の西武百貨店で開かれた古代エジプト展というイベントの際に、ピラミッドの模型作りに参加しました。本当に古代エジプトのロマンが好きでした。当時、古代エジプト学者としてテレビにもよく出ていた吉村作治先生とも、そこでお会いしました。
まあ、ここまでは、「子どもの時に好きだったことってあるよ」ということで、諸君にも思い当たることがあるのではないでしょうか? それこそ、動物が好きだった。乗り物が好きだったとか。サッカーが好きだった、カードゲームが好きだったということなどにも通じるものがあるのかもしれません。
その少年は、成長し、ある男子高校に進学し、その後、早稲田大学に入学します。さきほど話した吉村作治先生が早稲田大学の助教授だったからです。
その後、その元少年は、吉村先生とも一緒にエジプトの発掘に携わり、おととしには、ローマ帝国がエジプトを支配していた時代のカタコンベを発見し、ナイル川流域で初の発見ということから報道で大きく取り上げられました。
その元少年は、来月、10月から上野の国立科学博物館で開催される「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」というイベントの監修を行います。古代エジプトというと、歴史、世界史ですが、それを文系の国立博物館ではなく理系の科学博物館で行うというところがポイントです。
諸君は、文系と理系に分かれて勉強をしています。受験のためには、その方が効率的だからです。でも、当たり前ですが、世の中は、文系と理系に分かれてはいません。どちらのアプローチの仕方も必要とされる時代です。だからこそ、理系の科学博物館で開かれる古代エジプト展の意味があるのです。
私は、この元少年を松高に呼んで、諸君に直接お話をしてもらいたいと考えています。現在は、国立の金沢大学の教授に就任されている 河合 望 先生です。諸君の進むべき道にも、多くのヒントを与えてくれると思います。それは、河合望先生が、本校の卒業生だからです。
来週の火曜日、7日の体育祭をはじめ、後期も面白いことをまだまだ用意しています。ぜひ、楽しんでいきましょう。
【校長室】令和3年度 前期全校集会(夏休み前) 03.07.20
○新型コロナに対する生徒諸君のこれまでの、冷静で適切な行動に感謝しています。ただし、現在はまた、危うい状況にあります。誰が感染しても不思議ではありません。もし感染者が出て、部活動や松高塾などの夏休み中の活動に支障が出たとしても、また、休み明けの松高祭に影響が出たとしても、個人を特定し、非難をすることのないようにお願いします。
○その松高祭ですが、埼玉県の方針に基づいて、来場者は諸君の保護者のみの限定公開とします。少しでも松高祭が盛り上がるようにと、せめて中学生とその保護者をお呼びしたいと考えて、先生方も工夫をしてくださいましたが、残念ながら、変更します。予定変更で困惑させてしまったことを申し訳なく思っています。
先のことが見通せない情勢において、確実なことは、「今、こうして、リモートですが、生徒諸君に話ができていること」です。明日からの夏休みを前にして、諸君も、教室で、クラスメイトと一緒にいる」ということは、確かなことです。昨年の前半は、こうしてそろっていることすらできませんでした。今できること、今やるべきことの大切さを、あらためて感じてほしいと思います。
○生物実験室の前に、ニホンムラサキの白く、小さな花が咲きました。「ゆかりの色の 紫にほふ」と本校校歌に歌われているムラサキの花です。近い種類のセイヨウムラサキに押され、栽培が難しいことから、現在はレッドデータブックに載っている絶滅危惧種になっています。その根は、古代から紫色の染料として用いられてきました。また、シコニンという物質を含んでいることから、その殺菌作用によって生薬として使用されています。我々にとって、有益な、そしてかつては身近な植物の一つでした。
○ぜひ、生物実験室前に見に行ってください。私も見に行きましたが、理科の先生に聞かないと、どれかわかりませんでした。周りに生えている普通の雑草と見分けがつきません。運が良ければ、そのあまりにも可憐な、白く、小さな花を見る事が出来るかもしれません。丁度、今の季節が花の季節です。しかし、ずっと咲いているわけではありません。白く、小さな花は、2、3日で消えてしまいます。
○ニホンムラサキの花も、その時できること、その時にやるべきことを精一杯やっているように感じます。絶滅危惧種ですので、周りに仲間はあまりいません。本来は群れて咲くことから「群ら咲き」という名がついたとも言われます。だからこそ、かえって現在の孤独を強く感じているような気がします。
○ひとりだけど、たった一人でも、今できることを精一杯やる。諸君の夏休みの過ごし方の参考になればと思います。
○8月27日に、全員が学校にそろって集まれることを願っています。
【校長室】令和3年度球技大会 開会式(グラウンド) 03.05.27
はじめて、全校生徒が集まった。
この機会に、諸君に問いたい。
「真の松高生」とは何か?
答えは一つではないだろう。それぞれが考え抜いてほしい。
私の答えの一つが、「目の前のことに本気になる人」。
今日、明日の球技大会で、その姿を見せてくれることを期待する。
今回、実行委員会が考えたスローガンは
「本能で動け 野獣の祭典!」 と聞いた。
ならばその野獣の姿を見せてもらおう。
だが、しかし
我々教職員は、「常勝だ!」
(教職員はそろいのポロシャツ姿。その背中に「常勝」の文字)
諸君の挑戦を受けて立つ。
そして、野獣を倒す!
「真の松高生」に近づくことを期待している。
第99回入学式 式辞 03.04.08
春の光はどこまでもまばゆく、生きとし生けるものすべてが躍動する新たな季節となりました。本日ここに、PTA副会長 田村 裕(たむら ひろし)様をご来賓に迎え、埼玉県立松山高等学校 第九十九回入学式を挙行できますことは、私たちにとりまして大きな喜びでございます。
学校を代表して、心から厚く感謝申し上げますとともに、ご多忙の中をご列席いただきました保護者の皆様に、心から御礼申し上げます。
ただ今、入学を許可いたしました三百十七名の新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。皆さんは、今日から、松高生の一員です。我々は、皆さんが来るのを待っていました。皆さんを歓迎します。本校は、「文武不岐」を建学の精神として、九十八年の歴史を築いてきました。これからは、皆さんの力によって、百年の、その先につながるさらにより良い伝統が積み重ねられていくことを願っています。
皆さんの高校生活の開始をここに宣言します。
この三年間で世の中のリーダーになる力を身につけてほしいと思います。東日本大震災の痛みが完全には癒えぬまま、新型コロナウイルスは地球規模の課題となっています。「新冷戦」とも言われる国際関係、環境問題、格差の拡大など、チャレンジに値する事柄はたくさんあります。将来、自分が置かれた場所で、リーダーシップを発揮し、自分と家族と周りの人の役に立つ、そういう人になってください。
そのため、本校では皆さんの持てる力を最大限に発揮してもらいます。楽をするために本校に入ったのではないはずです。「どうして、こんな大変なことをしなければならないのか」と、理不尽に思うこともあるでしょう。「できないかもしれない」と、不安になることもあるでしょう。気持ちをコントロールできずに勇気が持てないときには、安心して「不安です。怖いです。」と我々に言ってください。必ず支えます。
これから未知の世界に飛び込んでいこうとする皆さんに、エールを送ります。坂村真民(さかむら しんみん)という詩人の詩を紹介します。『鳥は飛ばねばならぬ』という詩です。心静かに、聞いてください。
人は生きねばならぬ
怒涛の海を飛びゆく鳥のように
混沌の世を生きねばならぬ
鳥は本能的に 暗黒を突破すれば 光明の島に着くことを知っている
そのように人も 一寸先は闇ではなく 光であることを知らねばならぬ
新しい年を迎えた日の朝 私に与えられた命題
鳥は飛ばねばならぬ
人は生きねばならぬ
私は、この詩の中に、『覚悟』という言葉を読み取りました。『覚悟』というと切羽詰まった悲壮な感じもありますが、決してそうではなく、これから先にある「光」を目指して飛んで行くんだという強い意志だと思います。新入生の皆さんにも「光」を目指してとびこんで行こうという強い意志を持ってもらいたいと思います。
その際、自分の可能性に関するリミッターを外してください。
もう一つ、皆さんに期待を込めて、話をします。わかりやすいたとえ話です。
インドやタイでは、ゾウ使いがいます。大きなゾウは、足を鎖につながれて、木の杭につながれています。決して、大きな木の杭ではありません。ゾウの力で引っ張れば、簡単に抜けてしまうそうです。 なぜ、逃げないのでしょうか?
小さい時から人間に飼われているゾウは、小さい時から、その小さな木の杭につながれています。もちろん、力が弱いので杭から逃げることができません。成長し、大人になっても、杭から逃げることはできないと思っているのです。そういう発想自体がないようです。やろうと思えば、簡単にできるはずなのに、そういうことを考えもしないということです。
みなさんは、どうですか? 部活動でも、進路でも、勉強でも、「できるはずがない」、「あれは、違う世界のことだから」ということはないですか? そういう発想自体持っていないということはありませんか?
よく見ると、簡単に抜ける杭かもしれません。抜けるかもしれない杭に縛られることなく、自分を見つめてほしいと思います。
やがて、この学校を去っていく千日後には、自分でも驚くほど大きく成長した姿になっていると思います。家族の深い愛情に対する最大の恩返しは、君たち一人一人が高校生活を充実させ、大きな志をもって本校を巣立つことであるという事を胆に銘じて下さい。
保護者の皆様にお祝いとお願いを申し上げます。
本日のお子様のご入学、誠におめでとうございます。そして、今までの子育てのご苦労に対して、改めて敬意を表します。
お子様は、本日から歴史と伝統ある松山高等学校の生徒となりました。この三年間は、青春の多感な時期であり、楽しみの多い反面、何かと心を悩まされることも多いかと存じます。学校では、教職員一同、勉学や部活動等の指導に全力を尽くして参りたいと存じます。しかし、指導の効果を最大に高めるためには、ご家庭と学校の連携と協力が何よりも大切です。皆様の温かいご支援とご協力を重ねてお願い申し上げます。
結びに、新入生の皆さんが、本校で大きく成長されることを心から願い、式辞といたします。
令和三年四月八日
埼玉県立松山高等学校長 菅野 義彦